せいたかあわだちそう
5年ほど前の今頃、鳥取県の米子市に旅行する機会があった。ちょうど鳥取地震の直後で海岸に近い地域では、液状化現象の傷跡も生々しく、街はいたるところで地割れや、土砂の噴出しなどで荒れていた。そんな中で、地震の傷跡とは対照的に黄色い花の大群生があちこちに見られたことが印象的だった。

旅館のロビーなどにも切花として活けてあったりしたので、この地域の花なのかと思い旅館の人に尋ねても花の名前は知ることができなかった。その旅は次の目的地=京都まで山陰本線を乗り継ぐ行程(直通列車はなくJR、私鉄を4~5本乗り継いだ)だったので、比較的ゆっくりと車窓の景色を眺めることができた。その初めて見る黄色い花が頭から離れず、そればかりを目で追っていたかもしれない。米子のあたりでは休耕田などに黄色い小山のごとく群生していたその花は、京都に近づくにしたがって心持ち少なくなっていくように思われた。

その花の名前が「せいたかあわだちそう」というものだと知ったのはそのあと1年ほどたってからで、なるほど注意して見れば私の住む地域にも遠慮がちに生えているし、昔そんな名前の唄を女優の十朱幸代が唄っていたのを思い出した。

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せいたかあわだちそう 明治時代に切花用に北米より輸入されたそうであるが、他の植物の生長を阻害する物質を出して群生の範囲を広めていくらしい、花言葉は「生命力」だそうである。そういえば最近では我が家のまわりでも遠慮なく生えている。最近、ブラックバスなどとともに生態系を犯す動植物のひとつに指定されていたが、日本の代表的な秋の景色であるススキの群生も見ることができなくなる日も近いかもしれない。
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by ara_umi | 2005-10-16 21:52 | 小さな旅 | Comments(0)
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