潟のみち

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T京方面から「サンシャイン日本海」を目指して御一行様が来港して、
大した交流(おもてなし)もできないまま、慌ただしくお帰りになって一週間ほど。
web上で写真やコメントを交換しているのを横目で見ながらいつものように指が動かない日々。
(あ、ワタシの場合は誰かが氷水をかぶっても改善しませんから無用ですよ)
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その中に「小学生の頃に観た、肩まで水に浸かっての農作業の映画」の話題があって引っかかる。
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今から40年ほど前に小学生くらいだったN潟市周辺の子供たちは、
N潟の特徴的な稲作の方法を記録したこの映像を学習の一環として観ていたはず。
この映画を観た子供の頃は、そういう過酷な事実に対する感情移入もなく、
ただ、やはり相当インパクトのある映像だったのでしょう、
潜在意識の中にはずっと残っていて、相当大人になってから読んだ
司馬遼太郎 街道をゆく9 「信州佐久平みち 潟のみち ほか」
の冒頭に取り上げられている越後平野の水田(というよりもっと狭い亀田郷の水田)
の部分の紀行文を読んだときに、蒲原平野の水田が大雨の水を更に蓄えるが如く、
書いてあることがワタシの体の中にあった記憶の泥水をかき混ぜた。

その、司馬遼太郎によってかき混ぜられた潜在意識は、更に後年になって
N潟市民にはすこぶる評判の悪かった(?)ランドアート・イベント
『水と土の芸術祭2009』を観るためにN潟市中をくまなく巡って、
先人たちの水との戦いと共生の痕跡を辿ることで、
勝手な想像とともに現在のara_umiさんの体液の成分となっている(笑)
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映像のことが気になりはじめたら、勝手に体が動いて博物館やら図書館を巡ってしまう(笑)
それらしい題名の映像をいくつか見つけたけれど、
子供の頃に観たあの生々しいモノクロの映像は無かった。

もっとも『潟のみち』をきっちり読み返してから行動に移れば
初球からストライクだったのかもしれないけれど、そんな回り道がara_umiさんらしい(笑)
家に帰ってからwebでキーワードを検索したら、たぶんこれだろうと云う映像に辿り着く。

司馬遼太郎も亀田郷土地改良区で観た『芦沼』という映画がたぶんそれだろうと思う。
この映画は実際の当時の農作業の様子を記録したものではなく、福島潟を使っての再現映像とのこと、
であれば、このような記録がほかに残っているはずも無く、当時の子供たちは『芦沼』そのものか
その映像から抜粋した教育用映像を見たのではないだろうか。

文献としては読み応えがあるサイト『芦沼略記ー亀田郷未来への礎』リンクフリーでないようなのでググってね
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by ara_umi | 2014-08-25 23:58 | 小さな旅 | Comments(8)
Commented by Shotter at 2014-08-26 14:48 x
すいません、非常に細かい点が気になったもので。

(あ、ワタシの場合は誰かが氷水をかぶっても改善しませんから無用ですよ)

という記載ですが、様々に話題を読んでるアイスバケツチャレンジのことだというのはわかります。ALS患者を支援するという目的らしいですよね。ALSというのは決して改善しない病気のようです。ということは誰かが氷水をかぶっても改善しない病気だと思います。
この()内の記載を読むと、

(ワタシじゃない人たちは誰かが氷水をかぶると改善する)
という風によみとれます。

ということはALSの人たちは誰かが氷水をかぶると改善するという風に理解されているのかなあ、と思ってしまった次第でして。

なんか細かい点を指摘してしまい恐縮です。
Commented by ara_umi at 2014-08-26 22:36
Shotter さん、こんばんは。

なかなか云いにくそうな件に関して勇気を持ってコメントをしていただき、
きっと御気分を悪くされたのかと思います。
そのことに対しては大変申し訳なく思っています。

このブログに書いてある事は半分以上がファンタジーですから、
あまり深読みをされても皆さんが納得のゆく説明ができません。
無知で考えの浅い小悪人が恥を曝している泡沫メディアと、
読み流してください。
Commented by nori62chan at 2014-08-27 00:08
ara_umiさんありがとうございます
新潟には2年間と、短い期間でしたが
家の周りを雉が走り回っていたことに始まり
(青山は空き地だらけだった)
はじめて見た真冬の日本海
札幌オリンピック、続いた浅間山荘
ジュリアナ号の座礁事故ともりだくさん
でも、いちばん驚いたのが給食
アルミの食器に先割れスプーンだったのが
いきなり銀のナイフ、銀のフォーク、銀のスプーンに
今でも鮮明に覚えています(笑)。
Commented by Shotter at 2014-08-27 01:12 x
ara_umiさん
丁寧な謝罪ありがとうございます。
こちらのブログは数年前から楽しく拝見しており、当該文章は本文の流れに関係のないara_umiさん流のジョークであろうことは理解できるものの、どうもストンと腑に落ちなかったもので、ついコメントしてしまいました。
これからも新潟に関する情報発信、楽しみにしております。
Commented by ara_umi at 2014-08-27 08:31
nori62chan さん、おはようございます。

N潟にずっと住み続けている者たちにしてみれば当たり前のことでも、
ほんの少し住む地域が違うだけで驚きの発見だったりしますよね。

そろそろ子供の頃の記憶が遠い水平線の彼方にある世代としては
(実は来月予定されている業界団体のイベントのネタとしても)
ココロに灯の点った小ネタでした、こちらこそありがとうございました。
Commented by ara_umi at 2014-08-27 08:33
Shotter さん、おはようございます。

コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
Commented at 2015-01-21 01:03 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ara_umi at 2015-01-21 10:13
鍵コメさん、おはようございます。

ありがとうございました。
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