前川國男 建築展
新潟市美術館で〈郷土作家シリーズ〉として建築家・前川國男の展覧会が開かれている。
日本ではマスコミが取り上げないものはマニアしか知らないので、マスコミ受けしない建築家の名前など、ほとんどの一般人には知られていない。
恥ずかしながら、(プチ建築マニアの)私も前川國男が地元の出身だとは知らなかった。

e0082981_2046662.jpg
e0082981_20531171.jpg
                          
展覧会が開催されている新潟市美術館は前川の最晩年の作品。都市規模に見合った小規模の建築だが、氏の出身地に作品を残す事は意味のある事だったと思う。

前川國男は、現在世界的に活躍している日本の建築家、黒川紀章や槇文彦の師匠にあたる〈故)丹下健三のさらに師匠にあたる人。その前川の師匠はル・コルビジェやアントニン・レーモンドという世界の巨人たちで、近代建築の重要な時代に活躍した日本の巨匠であった。
(建築家の名前にリンクを貼り付けたかったが、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』のリンク先を上手く貼れず… 興味のある人はググってくださいm(_ _)m)

e0082981_21123768.jpg
e0082981_21125160.jpg

e0082981_211338.jpg
      〔 GR D (with GW-1  2~3枚目) 新潟市美術館 設計/前川國男  〕

スクウェアな建築物が被写体で少しでもカメラが傾くとパースがついてしまう。こればかりはGR Dでもどうにもならない←下手くそ(笑)さらにこの建築が持つムードを写真で表わそうとするとこれもまた、なかなか上手くゆかない。     「前川先生、許してくださいね」
[PR]
by ara_umi | 2006-06-26 21:32 | 小さな旅 | Comments(6)
Commented by あわ at 2006-06-27 00:16 x
「建築というのはね、自然科学なんです。」
発注側であるのをいいことに、思いつきや浅薄な知識(恐らくは・・・)をもとに「ここをこうすればどうだ、こういうことはできないか?」と詰め寄ったワタシの元上司に対して、あくまで控えめに、それでも鋭く言った設計士さんの言葉を思い出しました。(なんだか、思い出すことばっかりですな。)
こういうことの言える大人になりたいと、つくづく思います。
Commented by ara_umi at 2006-06-27 08:05
あわ さん、おはようございます。

いい体験をされていますね、建築は地球という大地に無理やり根を張らせる人工物なのですから(人間が快適に暮らすという基本まで無視する必要はありませんが)共生という概念は忘れてはなりません。
最近は「自己主張や自己実現」のステージや、「金儲け」の手段としか考えていない建築家(もどき)やクライアントが多くみられます(涙)

↑おぉ~、いっぱしに評論している!!
Commented by とめ at 2006-06-27 09:26 x
建築かぁ・・・( -ω-)
良い建物って大きさに関係なく引きつけるモノがありますな。
(・ω・)
わたくし基礎鉄筋をコアドリルで断ち切るのが得意でした。
やったこと無い人に現場研修させるのが悪いと思います。ぇえ。
Commented by ara_umi at 2006-06-27 21:48
とめ さん、こんばんは。

この度は結構なもの(笑)を頂戴しまして、ありがとうございましたm(_ _)m
こちらは古いものを大切に守るという価値観が希薄なので(?)いい建築が生まれにくいという環境が残念です(涙)
とめさんは建築業界の方なのですか??
Commented by ぐう☆せんめい at 2006-06-28 09:48 x
ara_umi さん、おはようございます。
前川國男さんは江戸東京たてもの園に自宅が移設されていて、そこで初めて名前を知りました。
この自宅は木造建築ですが、とてもモダンで印象的でした。
建てられたのが第二次大戦中の昭和17年で、よくこんな贅沢な家を建てられたものだなーと感心しました。
あらためてググってみました。、4歳まで新潟で育ち、晩年にこの写真の美術館を設計したのですね。なんだか特別なモノを感じますね。
今度新潟に行ったときにはここにも足を運びたいと思いました。

話は変わりますが、最後のアフリカ勢「ガーナ」も敗退してしまいましたねー。ブラジルのワンチャンスを確実に決める決定力はすごいですねー。
Commented by ara_umi at 2006-06-29 08:14
ぐう☆ さん、おはようございます。

前川國男はポートレートなどからは地味なオジサン風の印象を受けますが、(当時)最先端の建築人で、しかもパリ帰りということであればデザイン界のトップランナーだったはずです。オペラマニアだったそうですし、カーマニアをにおわせる展示もありました。今以上に庶民とは違う世界の生活があったはずです。

ブラジルの、相手が(フィジカルもテクニックも)手ごわいと見るや戦術を替え、狡猾(私にはオフサイドに見えた!?)な試合運びで結果として大勝してしまうテクニックにはやられました(笑)
私のまわりは“アルゼンチン派”が大勢を占めていますが、個人的には「がんばれ DEUTSCH(ドイツ)!」です。
<< からたち Coast of Rough Sea >>