殿様の我家
余の名前は、越後新発田藩 第四代藩主、溝口重雄である。
我が父、三代藩主宣直が寛文六年(1666)に上棟し、余が27年後の元禄六年(1693)に御殿の完成と
庭園の築造を終えた我藩の下屋敷、清水御殿へ来てくれて嬉しくおもうぞ…

などとは云いそうにないが、勝手に散策。といっても、けっして忍者になって忍び込んだわけではなく、平
成の世は平民もお客として出入自由(笑)

かつての藩知政庁に構えていたものを移築した、茅葺の総〈大)門をくぐり
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江戸初期に京の黒谷に建てられたものをこの地に運んだ、中門を抜けると
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幕府に配慮していたって簡素に造作をした、書院がある。溝口家の家紋、五階菱がモチーフに
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書院から自慢の庭を眺める
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更に歩を進め、池に突き出した洲浜から書院を望む
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                           〔 GR Digital 〕

ちなみに、この清水御殿の棟上げ後の寛文10年に高田馬場の仇討ち、赤穂浪士など講談のヒーローと
して後世に名を残すこととになる堀部安兵衛武庸が中山弥次右衛門の子として城下に生まれたのである。

余も、ジー・アール・ブログなるものの「トラックバック企画”我が家”に参加」に参加じゃ。
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by ara_umi | 2007-01-21 19:53 | 小さな旅(ワタシの城下町) | Comments(6)
Commented by めめ at 2007-01-21 23:20 x
ara_umiさん言葉遣いまで変わっちゃいましたねー。
いつの時代の人ですか?
なんとなく「江戸か!」と突っ込んで見たくなります。(パクリ)
心配になって歴史を探ってみました。
Commented by ara_umi at 2007-01-22 08:17
めめ 殿、おはようございます。

拙者は変わってはおりませぬ。変わったのは、めめ殿の見方ではござらぬか?
これからも、するどいツッコミをよろしくお願いいたす(笑)
Commented by aricom at 2007-01-22 18:35
「我が家」じゃないような・・・・でも「我が家」だったらいいなぁ・・・・
維持費も大変そうだ(笑)
Commented by ara_umi at 2007-01-23 07:55
aricom さん、おはようございます。

金沢の兼六園も、岡山の後楽園もここで云う「我が家」ですね!
殿様の本当の暮らしや、気分は自分に照らし合わせての想像はできませんけど(笑)
Commented by kaitaka6 at 2007-01-24 00:11
拙者、kaitaka6でございまする。
ご無沙汰しておりました。(笑)
なかなか、風情のあるお屋敷で、いたく感動いたしました。(^^)

ところで、先週から、私の両親が佐渡へ旅行にでかけました。
なんでも、ミステリーツアーという事で、
出発するまで、行き先が分からなかったのです。
空港から「新潟に行くから」と電話があり、
初めて知ったのです。

ara_umiさんのところだーー、うらやましいーー。って
勝手に、興奮していました。

フェリーで佐渡へ渡って、
おいしい食事をよばれて、「良かったよ~」って言ってましたよ!!
Commented by ara_umi at 2007-01-24 07:59
おお、kaitaka6 殿、おはようございます。

ミステリーツアーで佐渡ですか!良い旅をしていただけたら嬉しいですね。
セントレア(からだったでしょうか?)-新潟は小さなレシプロ機で静かだし低空を飛ぶ
ので景色も良いしとなかなか味があるフライトだったと記憶しています。
kaitaka6殿も是非一度おいでくだされ(笑)
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