2009年 07月 18日 ( 1 )
Welcome to the City
自分のホテルが近くなると、エンダーズは、雨と煤煙と絶望で街路を埋め尽くすこの都会の黒い霧雨を通して、ホテルを見上げた。ホテルの入口の上に、「サーカス・ホテル、適正料金」と読める、小さいネオンサインがあたりを覆いつくしている霧雨を血のように赤く染めていた。

レインコートを着たエンダーズは溜息をつき、躰をふるわせると、入口の五段の階段をゆっくりのぼって、ホテルにはいった。ホテルのドアを開けると、例によって息がつまりそうになり、このホテルにしみついた臭いが鼻を襲った。アンモニアとリゾールの臭い、古ぼけたリノリウムや、やはり古ぼけたベッドの臭い、各階に二つある浴室を使うしかない人たちの臭い、そのほかに歳月と罪の臭い、これらがほどほどの割合でまじりあっている。


1930年代のニューヨーク。場末の安ホテル。ニューヨーク中のカフェテリアのスープのしみのついたねずみ色の背広を着て、青白い顔をしたホテルのフロントマン、ワイゾッキ。へらず口ばかり吐く売れない娼婦ジョセフィン。貨車で輸送中に死んでいったニワトリを拾ってきて客のエンダーズに売りつけようとするホテルのオーナー、ビショップ。そんな登場人物たちが、湿って、すえた匂いのするホテルのロビーで他愛のない、しかし、油断の出来ない会話をしている。そこに登場するこのホテルのロビーには不似合いの若く美しい女性バーサ・セリンカ。このグレタ・ガルボと瓜二つのダンサーとしての成功を夢見る(見ていた?)ミス・ゼリンカとエンダーズの出逢いからNYの場末のホテルの男と女の話は進む…

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                        〔 R-D1s / Summiron f=5cm 1:2 ・ GR DIGITAL II 〕

バーサ・ゼリンカは半ば閉じた美しい眼で憧れるように、そしてかなしそうに彼をじっとのぞきこむのだった。燃えるような期待で口をかるくあけ、切ない唇の奥に哀れな不揃いの歯をのぞかせていた。エンダーズは彼女にキスしながら、心に深く感じていた。この雨の夜、この街はいかにもこの街らしい歓迎の手をさしのべ、この街らしく意地悪い皮肉な声で呼びかけてきたのである。「ようこそみなさん」

                                   [ ニューヨークへようこそ アーウィン・ショー 常盤新平・訳 ]

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by ara_umi | 2009-07-18 00:00 | 小さな旅 | Comments(6)